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WORKS施工事例

2024年3月4日

なるほど!と思った話

おはようございます
施工部最長老のLです(笑)

急成長を続けている弊社ではありますが、その大いなる原動力となっているのはやはり「人」ではないかと思っています。

「人は城,人は石垣,人は堀,
情けは味方,仇(あだ)は敵なり」

戦国武将,武田信玄の名言として残されている言葉です。
「立派な城があっても人の 力がないと役に立たない。国を支える一番の力は人の力であり,信頼できる人の集まりは 強固な城に匹敵する。」
人は、情けをかければ味方になりますが、恨みを持たれれば敵になります。 権力で抑えつければ家臣は離れていき、敵になることもあるでしょう。

また、信玄は「信頼してこそ人は尽くしてくれるもの」とも言い、家臣に積極的に話しかけていたそうです。

我々も会社という大きな屋根の下で暮らしています。
よく日本人とアメリカ人との比較でいわれる言葉で、

日本人は我々は国家(会社)という屋根で守られていると考える。
アメリカ人は我々が国家(会社)の屋根を支えていると考える。

そういう考え方の違いがあるそうです。

何となく屋根の下で暮らす日本人と、自分が屋根を支える柱なのだと考えるアメリカ人。聞いた話ですが、アメリカ人は国旗を地面に落とされると100%の人が激怒するそうです。
自分の国(会社)に対する自分自身の想いとプライドがよく現れていますね。

多くの日本人がそう考える中で弊社の「人」は少し違っています。
手前味噌かと思われるかも知れませんが身内の私から見ても、ひとりひとりが今を満足することなく更なる改善を求め努力を続けています。
それこそが急成長の源かと思われます。

弊社社員はみんな
それぞれが、
それぞれの方向に向かって
それぞれの方法で
成長へと努力しております。

勿論私自身も同じく努力するわけですが、中々に伸び悩むこともしばしばです。
で、その原因なのですが
「自分自身の思い込み」
にあるのではないかと思ったりします。
いくら最善を尽くしているといっても、それは「自分が考える最善」に他ならないからです。

私事になるのですが、以前働いていた会社で(今と同業なのですが、アプリ開発などもやってました)現場をこなしながらシステム開発をやっていました。
といっても、立ち上げて1年にもならない若い会社でした。
なのにあのGoogleと取り引きがあったんです。
その経緯なんですがあるときGoogleのAPIを使って小さなアプリを作ってるのを見た前社長が
「それ面白いやん、ウチらのアプリに取り込もう」と言いました。
私は
「いやー、これは市販アプリにするならGoogleとの契約が必要なんです」
と言うと
「じゃあGoogleと連絡取って」
と言われました。
「いやームリですよ」
大昔コンピュータ業界にいた私は、それが絶対ムリな事を解っていましたし、何度もそれを説明したのですがコンピュータ業界に疎い社長は
「やってみなワカランやろ?」
と引きません。
私も「ノー」とは言えず、100万%ムリとわかりながらも連絡を取ったんです。
それがキッカケでした。

後で複数の人から聞いた話では、メールをしてからGoogleに呼ばれるまで5年くらいは掛かるそうです(笑)

長々とお話しましたが、要は私は
「自分の経験から無理だと判断してしまった」
と、いうことです。
恐らく99%正しかったであろう私の判断も100%ではなかった。経験があるからこそ正しい答えを導き出せなかった。って事なんです。
それが原因で「自分の考える最善」に陥っているのではないかと思っています。
勿論経験は大事でそれを生かして仕事に取り組むのは当たり前なのですが、
「生かす」にこだわる余りに「陥る」になってしまっている。
新しい事に目を背け自分のやってきた経験だけに頼る。
これは「陥って」いますよね?
ヤワラカアタマが必要って事です。

とはいっても自分で自分以外の考えを導き出せる訳はないので(笑)他所からもって来なければなりません。

と、前置きが長すぎましたね(笑)
「長っ!ここまでが前置きかいっ!(`Д´)ゞ ビシッ! (怒)」>陰の声

そこで!
昔私が聞いたお話で私が
「これはΣ (  Д )ﻌﻌﻌﻌ⊙ ⊙!」
と目から鱗の話をいくつかご紹介致します。
といっても昔からある話なので
「なんやコレ?古っ!」
とか言わないで下さいね?(笑)

シナリオその1

アフリカで靴を売る男

ある靴メーカーA社が新規市場の開拓先としてアフリカに目をつけました。当時アフリカにはまだ競合他社も進出していなかったからです。 A社はこの大きなチャンスを手にするべく、営業マンを現地に派遣して市場調査することにしました。 ちょうどその頃、偶然にも同じことを考えていた競合のB社も同じくエース級の営業マンを現地に派遣してきました。 A社、B社の営業マンはどちらも現地に到着してすぐにある事に気付きました。アフリカの人たちの多くが裸足で生活していたのです。 二人とも同じようにこの発見をしたのですが、その後の対応が両者の明暗を分けました。

靴メーカーA社の営業マンの反応

A社の営業マンはこの状況を知って愕然としてしまいます。 そしてすぐに会社に電話してこう報告しました。 「社長、コレはダメです! アフリカには需要がありません。この土地の人たちは誰1人として靴を履いていないんです。みな靴を履くということを知らないので絶対に売れません」 A社営業マンはアフリカには市場が無いと判断したということです。

靴メーカーB社の営業マンの反応

B社の営業マンもA社の営業マンと全く同じ状況に直面しました。 そして彼も同じように会社に電話しました。 『社長! 驚くべきことにここでは誰1人として靴を履いていません! いまここで靴を販売すれば飛ぶように売れるでしょう! アフリカにはとんでもないチャンスが潜んでいます!』 全く同じ状況を目にしたにもかかわらず、正反対の判断をA社とB社の営業マンはくだしました。

そうです
同じモノを見ても違う答えが出せる。
コレが観点と発想力の違いですね。
さすがはエース級です(笑)
あなたはどちらの考えですか?
というか、この話を見た貴方なら「どちら」ではなく「それ以外の三つ目」の答えを当然持ったはずですよね?(笑)

シナリオその2

遺 言 の ラ ク ダ

中東の昔話です。
昔、年老いたアラブ人が、自分の死期をさとり、三人の息子を枕元に呼んで言いました。
「私が死んだら、私のラクダの半分は長男に、三分の一は次男に、そして、九分の一を三男にゆずる。」
それから間もなく、父親は亡くなりました。ところが、父親の所有していたラクダは十七頭だったので、どう考えても十七頭のラクダを、二分の一、三分の一、九分の一に分けることができません。
とうとう、どのように分配するか、三人の兄弟で言い争いが始まりました。
そこへ、一人の旅人がラクダに乗ってやってきました。旅人は、兄弟のケンカの理由を聞いて、
「そうか、それなら私のラクダを差し上げましょう。そうすれば分けることができるでしょう。」
と言いました。
なるほど、旅人のラクダを足すと十八頭となり、長男は半分の九頭、次男は三分の一の六頭、三男は九分の一の二頭をもらい、みごとにケンカは丸くおさまりました。旅人は、「よしよし。では、最後に残った一頭は、わしがもらって行こう。」と、自分の乗ってきたラクダに乗って、去っていったそうです。

旅人シブいですねー(笑)

計算の合わないはずのものが、一頭のラクダを加えることによって計算のあう、おもしろい話です。
一頭のラクダを加えることによって、十七頭のラクダを二分の一・三分の一・九分の一に分けることができ、さらに一頭余った、という、パズルのような問題は、どうしてこうなるのでしょうか。
算数の問題として考えると、二分の一・三分の一・九分の一を足すと、答えは「十八分の十七」となり、分母を十八にすることによって、二でも三でも九でも割り切れ、さらに十八分の一が余る、
ということなのです。ところが、息子達は割り切れない十七という数に固執し、また、ほかの兄弟が与えられた以上にラクダをもらわないようにと、こだわったがために兄弟のケンカとなったのではないでしょうか。

発想の転換とでもいいましょうか?
どちらの話も大昔からある話ですが、子供の頃の私は大いに感動したものです(笑)

因みにラクダは背中のコブの中に脂肪を蓄え1週間くらい飲まず食わずで生きられるそうです。
因みに私は背中ではなく、お腹のコブに栄養を蓄えてます。
当然イザというとき1週間くらい飲まず食わずで生きる為です。
ええ、決して肥満ではないんです。
そうですとも!!決して肥満ではないハズです!!
決して肥満とは呼ばないようにお願いしますm(._.)m

ということで(どういうこと?(笑))
今回の話は現場というより営業さん向けの話でしたね?

でも、そう思うこと自体が
「自分の考え方に囚われている」
のかもしれませんよ?
現場でも事務所でも役に立つこともあるはずです。
ということで、皆さんの生き方や考え方に少しでもヒントになれば幸いです

長文乱文失礼致しました(汗;)

面白いと思った方が居られるなら
続編もお話させて頂きますね?

それでは、より良い一日を!

#格言#昔話#考え方#ヒント